今回は「横歩取り」の将棋。
前回まで、シリーズとして山盛り「振り飛車対居飛車穴熊」の攻防を見ていただいたが、そのねばっこい押したり引いたりの対極にあるのが、この戦法ではないか。
なんとなくのイメージだが、振り飛車党は矢倉なら指せるし、角換わりもゴリゴリの定跡形でなければ結構いけそう。
でもこれが横歩取りとなると、指すのに急にハードルが上がる感じ。
それこそ藤井猛九段など「藤井矢倉」は指しても、横歩取りを指しているのは見たことがない。
また久保利明九段なんかも振り飛車党が相手のときは、「どっちが振る?」「相振り?」みたいな駆け引きの末に、相居飛車を指すこともあるけど、そこであえて横歩取りは選ばなさそう。
同じルールで指してるのに、こんなにも感覚が違うのかと指してみるとおどろくわけだが、こういうときはスペシャリストのお手本を参考にするのが良いだろう。
1995年の王将リーグ6回戦。
ここまで全勝の羽生善治六冠と、1敗で追う中原誠永世十段との直接対決。
羽生は前年度の王将戦七番勝負で
「あと1勝で七冠王」
というところまでこぎつけていたが、3勝3敗からの最終局で谷川浩司王将に敗れて大記録は成らなかった。
日本列島を巻きこんだ異様な熱狂と、その脱力感はなかなかのものだったが、同時に、
「そら、七冠王とか、ふつうはムリやしな」
「てか、あと1勝ってところまでいったこと自体が、そもそも偉業すぎる」
という妙な「だよなあ」という納得感もあったりして、これから将棋界はまた「通常モード」に戻るのかといえば、そうではなかった。
羽生はこの後、並みいる挑戦者を次々と退け六冠をキープ。
1年後にはなんと、
「もう一度王将戦に出て、七番勝負に勝てば七冠王」
というところまで戻してきたのだ。
意味のわからない進撃ぶりだが、最後の関門である王将リーグでも羽生は勝ち星を先行させていく。
となれば、ムード的には「もう一回、羽生が挑戦者で来い!」というのが世論になるわけだが、ここで中原がすばらしい将棋を披露する。
十八番の横歩取りから、玉を△41に寄り△51金、△62銀とくっつける「中原囲い」に組む。

双方、そろそろ理想形が近づいており、仕掛けるか、それとももう少し間合いを図るか考えどころ。
後手としては△62銀と締まりたいが、それには▲82角への対策がないと駒損してしまう。
ここからが、空中戦の達人による腕の見せ所だ。

△95歩、▲同歩、△62銀が、ちょっと思いつかない手渡し。
端の突き捨ては、まあ角打ちの後△95香と一歩補充しながら捨ててしまう準備だが、ホントに大丈夫なの?
「ノーガード戦法」で露骨に挑発してくるが、ここまでやられたら行くしかないと、羽生も▲82角と勝負。
このまま、すんなり香を取られてはいけないが、ここからの中原の手作りが芸術的だ。

△28歩と飛車の裏から手裏剣を飛ばすのが、達人のワザ。
飛車の横利きは残したいと▲同金とすると、△98歩と今度はこっちに手をつける。
▲同香、△89角、▲88金、△98角成と強引に香を奪って△25香で一丁上がり。

それはかなわんと羽生は▲同飛と取るが、飛車の横のラインが消えたので、△75歩とそこで桂頭を攻めて好調。

先手も▲26飛と受けるも、そこからもまた小技を利かせて、△76歩と桂馬を取れる形になっては後手ペース。

横歩取りは棒銀的な攻めがないため、飛角桂歩で軽く手を作っていかないといけないが、その見本のような手順。
以下、▲79香、△77歩成、▲同金、△88角で攻めが刺さっている。

ここで羽生は▲78金と引くが、これが勢いのない手で、ここは強く▲76金とくり出し、横歩取りの天敵である「押さえこみ」をねらえば、まだまだ戦えた。
とはいえ、ここは羽生がどうより、中原の美技をほめるべきだろう。

△85桂と飛んだ形は、全軍躍動でほれぼれするような、さばけ形。
負けられない羽生も懸命にねばり、なんとか竜を作って反撃の糸口をつかむ。

図は中原の激しい空襲を耐え、▲77歩とフタをしたところ。
ここで、ゆるい手を指してくれれば一気に逆転の目もできるが、この日の中原はどこまでも冷静だった。

△71飛とぶつけるのが決め手となる。
ここで手拍子に△96飛は、その瞬間▲74桂でイヤらしい。

よく「美濃囲いは端歩一本でなんとかなる」というが、中原囲いはこうして△62銀と△51金の連結をくずしにかかるのが急所。
それでも後手が優勢なのだろうが、△22の銀と△32の金が壁になって、かなり気持ち悪い思いをしそうだ。
△71飛には▲同竜、△同銀となり、そこで羽生は▲58玉と執念を見せるも、後手陣にまったく、とっかかりがなくなったのがつらい。
落ち着いて△99飛からせまれば、後手の勝ちは動かない。
この勝利で、羽生と中原は1敗で並ぶことになったが、最終戦で中原が森内に敗れたため羽生が挑戦者に。
そのまま「七冠王」へと突っ走るのであった。