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振り飛車穴熊の「妖刀」 福崎文吾vs米長邦雄 1986年 第25期十段戦 第5局 vs谷川浩司 1991年 第39期王座戦 第5局

 「妖刀」の切れ味は、すさまじいものがある。

 ということで、前回は福崎文吾九段の鋭い手を見ていただいたが、今回も「妖刀」特集。

 

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 福崎文吾といえばタイトル2期の実績があるが、最初に十段(今の竜王)を取ったときは衝撃だった。

 相手がトップ棋士である米長邦雄十段だったこともあるが、その内容がまた魅せるものだったからだ。


 1986年の第25期十段戦は、米長邦雄十段福崎文吾七段が挑戦。
 
 このところの米長は不調で、少し前まで十段・棋聖・王将・棋王の「四冠王」に輝き、


 「世界一将棋の強い男」


 とブイブイ言わしていたはずが、そこをピークに絶不調におちいり、今では一冠に落ちこんでいる。

 その最後の牙城に噛みついたのが福崎で、こちらは上り調子の中いきなり2連勝を決める。

 このまま行くかと思われたが、米長も意地を見せて2つ返してタイに持ちこむ。

 むかえた第5局が、福崎将棋の名局となった。

 福崎が中飛車から穴熊に組むと、米長は急戦から穴熊にシフトするという奇策を見せる。

 

 

 そこからねじりあって、この局面。

 先手は2枚の竜が強力だが、後手の穴熊はそれ以上に固くて頼もしい。

 ここで攻めが続けば後手がペースを握れそうだが、次の手が衝撃だった。

 

 

 

 

 △89馬と、こっちを取るのがビックリの一着。

 の交換は大損のようだが、▲同玉△66桂打後手優勢

 

 

 

 私などを切るなら▲58と刺し違えるしか考えられないが、それは▲同竜と取られて竜の守備力が強いうえに、先手の穴熊も深い。

 

 

 ここはむしろ、駒損しても穴熊本体にダメージを与える方が断然よく、先手陣は一気に弱体化した。

 △66桂打▲67歩と打ち、△58桂成▲同竜と竜を受けに利かして守ろうとするが、△66歩と合わせて攻めは切れない。

 

 

 △89ではなく、△58馬と切った局面と似ているが、玉が▲89に露出させられているのが痛すぎる。

 さらに▲64桂の反撃には△61金と手堅く受け、▲72桂成△同銀▲53角にも△71金打(!)。

 

 

 これだけ固められては、米長もイヤになったろう。

 以下、「固い、攻めてる、切れない」で福崎快勝。

 この将棋を観戦していた青野照市八段が、


 「一生に一度でもいいから、こんな将棋を指してみたい」


 そうつぶやいたとか。

 
 もうひとつは、2つ目のタイトルとなった王座戦

 1991年の第39期王座戦は福崎文吾八段が谷川浩司王座(竜王・王位・棋聖)に挑戦。

 福崎2連勝といきなり奪取に王手をかけたが、谷川も負けじと2連勝のお返しでタイに持ちこむ。

 最終戦千日手指し直しから、谷川が先手で相矢倉に。

 谷川「前進流」の攻めが決まって優勢に。

 

 
 図は▲35角を取って、詰めろをかけたところ。

 受けがむずかしいうえに、△87歩成からせまっても、▲96玉と逃げ出す筋があって捕まらない。

 谷川が押し切ったに見えたが、ここで奇手が飛び出す。

 


 △96桂が「妖刀」炸裂の妙手。

 ▲同歩と取ると、▲96への逃げ道が消えてるから△87歩成として先手玉は詰まされてしまう。

 やむを得ず▲79玉と落ちるが、先手玉を危険な形にしてプレッシャーをかけた状態で△31角の勝負手。

 


 ▲22金を防ぎながら左辺への脱出路を開いて、先手はあせらされている。

 この一連の手順に幻惑された谷川は、▲22銀△88銀▲69玉△22角▲同と△同玉▲13角成なら勝ちだったのに▲13香成としてしまう。

 寄せの名手が間違ったのは、やはり△96桂のショックがあったせいだろう。

 福崎が逆転勝ちを決め、王座のタイトルを獲得するのだった。

 

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「感覚を破壊された」 福崎文吾vs谷川浩司 1984年 十段リーグ 他

 「妖刀」の切れ味には、感嘆させられる。

 将棋の世界には独特の才気あふれる手をくり出す棋士というのがいて、ファンを魅了する。

 かつてなら「終盤の魔術師」と呼ばれた森雞二九段がいたが、それと双璧なのが福崎文吾九段

 その鋭くもアヤシイ太刀さばきは「妖刀」と怖れられ、ライバルであった谷川浩司九段の「光速の寄せ」とは、また違ったタイプの終盤力の持ち主だったのだ。

 前回はそんな福崎の信じられない大ポカを紹介。

 

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 そこで今回は妙手編をどうぞ。


 2013年の第72期C級1組順位戦

 福崎文吾九段佐藤秀司七段の一戦。

 後手番になった福崎の角交換四間飛車に佐藤は玉頭位取りで盛り上がっていく。

 福崎がうまくさばいたようだが、佐藤も端を攻めてプレッシャーをかけていく。

 


 むかえた最終盤。

 次に▲42角成とされると、後手陣もかなり危ない。

 後手は△36飛と走りたいが、先手陣は金銀3枚で守られて攻め合い負けが怖いところ。

 だが、ここで福崎のねらっていた手があった。

 

 

 △86桂と打つのが、「妖刀」一閃の寄せ。

 ▲同金と取るしかないが、守りの金が上ずらされて守備力が激減してしまった。

 そこで△36飛と走る。

 

 

 の利きやと金の威力もあって、これは後手のスピードが速い。

 ▲42角成の瞬間に△78角成と切って、▲同玉△38飛成で一丁上がり。

 

 

 ここはを切るのが大事で、単に△38飛成▲87銀打などでねばられる。

 以下、あっという間に佐藤を投了に追いこみ福崎が快勝


 もうひとつは、1984年十段リーグ

 谷川浩司名人と福崎文吾七段の一戦。

 両者3勝1敗同士で、挑戦権獲得のためにも負けられない一番。

 福崎が得意の振り飛車穴熊に組むと、谷川は急戦模様から左美濃にシフトし、固さ負けしないよう目論む。

 むずかしい戦いが続いて、この局面。

 


 福崎ファンでこの場面を知らない人がいたら、モグリというくらい有名なもの。

 ここではまだ、自玉に寄りなしと谷川は見ていたのだが……。

 

 

 

 ▲32飛成と飛びこむのが、谷川浩司をして「感覚を破壊された」と言わしめた一着。

 △同金に▲33歩とタタいて、△同玉▲35銀で後手玉は受けが利かない形に。

 

 

 谷川によると、ここで福崎は長考に沈むだろうと読んで席を外したが、少しして戻ると▲32の地点で飛車がひっくり返っていて、


 「一瞬何が起こったのか、判らなかった」


 この▲32飛成は現代感覚なら普通にある手で、実際『将棋世界』の名物コーナーだった「イメージと読みの将棋観」でもトップ棋士たちが「▲32飛成と指します」と言っている。

 だが、穴熊感覚のようなものが今ほど確立されていない中、ここでいきなり飛車を切って勝ち、というセンスがすばらしかった。

 いわば福崎は、現在では当たり前の▲32飛成という手を「発明」したのだ。

 

 

 投了図。△38歩を残したまま勝ってしまうところが、いかにも穴熊党。

 それこそ▲32飛成のような手は、本来「光速の寄せ」谷川浩司の得意とするところのはずだが、それと穴熊の距離感をミックスさせたところに福崎の異能感覚があったのだ。

 

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「妖刀」の大ウッカリ 福崎文吾vs佐藤康光 1990年 第31期王位戦 挑戦者決定戦 他

 ありえないポカというのが、たまに起こる。

 トン死を喰らったり、タダで取られたり、簡単な手筋を見落としてモロにがかかってしまったり。

 まあ、こういうのはウッカリでその手が見えていなかったのだから、ある意味しょうがないところもある。

 だがときには、相手のねらいがわかっていた上で、しっかりと読んで、それに対応したつもりがすっぽ抜けてしまうという、まさかなケースもあるのだ。

 

 

 1990年の第31期王位戦

 挑戦者決定戦に勝ち上がったのは、紅組リーグ優勝の佐藤康光五段と、白組リーグ優勝の福崎文吾八段

 谷川浩司王位への挑戦権をかけての大一番は、佐藤先手から矢倉模様の力戦に。

 

 

 中盤戦。

 図は△93角の金取りに、▲57銀▲46から引いて受けたところ。

 桂馬がさばけている上に、▲44拠点▲26角も好位置につけて、一目先手が指しやすそう。

 放っておくと▲43歩成と成り捨てて▲53桂成の筋があり、これは終了形である。

 

 

 ただ後手は「妖刀」の異名をとる福崎文吾

 こういう、やや苦しめのところでこそ、アッという手で局面を打開してくれるのではと注目されたが、次の手が信じられないものだった。

 

 

 

 △52歩と打ったのが、ありえない大ポカ

 ▲43歩成△同金直▲53桂成とされるのを防いだわけだが、これはなんの受けにもなっていなかった。

 本譜も佐藤は▲43歩成とし、△同金直ではなく▲62角成と、こっちを成って「オワ」。

 

 

 

 ちょっと考えられないことだが、福崎はなんとこの角成ウッカリしたのだ。

 後手は無条件でを作られただけでなく、を取られる手を防ぐのがむずかしい。

 飛車もイジメられそうで、そのまま完封されてもおかしくない形だ。

 これが▲62角成を受けて、▲53桂成をウッカリしたのなら、まだわからなくもないが、こういうミスは理屈ではないのだろう。

 受けのない後手は△66角と切って、▲同銀△72金

 緊急避難のような手でしのごうとするが、駒損の上にその取った反対側に使うのでは、とてもねばれない。

 すなおに▲26馬と引かれ、先手勝勢に近い。

 

 

 △44歩と打って桂馬を取ろうとするも、▲25歩がまた激痛で、△33銀と引くしかないようでは、いかんともしがたい。

 おいしく▲同桂成といただいて、タダで取ろうとした桂馬守りと交換になってはヒドすぎる。

 以下、佐藤が圧倒してタイトル戦出場を決める。

 その勢いのまま、当時絶好調だった谷川相手にフルセットまで行く健闘を見せたのだった。

 

 続けてもうひとつ。

 1979年NHK杯
 
 大山康晴王将加藤一二三九段の一戦。

 大山の四間飛車に、加藤は矢倉から棒銀という変わった形で対抗。 
 

 激しい玉頭戦になり「受けの大山」を「重戦車」が突破できるかという、激しいせめぎあいの末に抜け出したのは加藤だった。

 

 

 最終盤、大山がが△69銀とかけたところ。

 先手玉は詰めろになっていないので、ここで一気にラッシュをかけていけばいい。

 たとえば▲52と△同飛▲81飛成のような平凡な攻めでも先手が勝ち。

 このまま波乱もなく終わるのかと思いきや、まさかの結末が待っていた。

 

 

 

 ▲88金△同角成まで後手勝ち。

 投了図以下は説明の必要もないだろう。

 先手は受ける必要がまったくなかったのに、自分から詰むようを寄せてしまったのだから、30秒将棋とはいえ、すごいウッカリである。

 この将棋で有名なのは、▲88金の瞬間に電光石火の速さで大山の手が伸びて金を取ったこと。

 その間、1秒もなかったというから、「しめた!」という大山の気持ちが、これでもかと表れている。

 あと、うがった見方をすれば、「待った」をさせない意図もあったのかもしれない。

 加藤はときどき、自分でも気づかずに動かした駒から指を放してしまい、「《待った》してんじゃん……」と微妙な雰囲気になってしまうことがあった。

 それでトラブルになったこともあったが、本人は悪気がないので水掛け論になってしまうし、そもそも大棋士である加藤に「反則ですよね」とは言えない(阿部隆九段くらいか)

 結果、双方に禍根が残ることも。

 加藤と山ほど対戦している大山からすれば「させるか!」ということだったのかもしれない。

  

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「生涯で一番悔しかった将棋」 森内俊之vs先崎学 1991年 第49期C級2組順位戦

 森内俊之といえば「鋼鉄の受け」である。
 
 その腰の重い棋風は、「絶対王者」だった羽生善治九段をも苦しめ、「十八世名人」の称号を先取りしたことは大きなインパクトを残した。

 

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 前回までは佐藤康光九段横歩取りから、独特な力戦を紹介したが、今回は森内流の相矢倉から重厚な「鉄の壁」を見ていただきたい。
 
 
 1991年の第49期C級2組順位戦
 
 森内俊之五段先崎学五段の一戦。
 
 この2人は双方ここまで7勝1敗で、直接対決の大勝負。 
 
 全勝小林宏五段1敗神崎健二六段に続く3番手につけており、勝った方が最終戦で自力昇級の権利を得られるという、ほとんど昇級決定戦に等しい大一番なのであった。
 
 20歳同士の若さあふれる対決は、森内が先手で相矢倉に。 
 
 
 
 先後ともに味をつけての中盤戦だが、▲45桂とさばけているのと、▲56が好型で先手がやや指しやすい局面。
 
 △42銀と引かされているのも薄くてつらく、このままだと押さえこまれそうだが、ここで先崎にねらっていた手があった。
 


 
 
 
 △13歩と突くのが、油断のならない手。
 
 ここでは一目、△97角成のダイビングヘッドが見えるところで、▲同桂△95飛がこの形の筋。
 
 ただしここでは、▲96歩△同飛▲98歩△92飛▲79玉と落ちるのがうまい手。

 △96歩▲88銀と丁寧に受けて大丈夫。

 

 
 そこで端の傷を修正し、▲14桂のような手を防いで手を渡したのかと思いきや、これがそうではなかった。
 
 森内は▲79玉と引いて端の脅威を緩和させるが(これは見習いたい手)、そこでさらに△14歩地獄突き

 

 
 一見意味の分からない手で、▲同香△同香▲同飛なら、そこで△12香と打てば飛車が死ぬが、この場合は▲同香△同香▲15歩でなにも起こらない。
 

 


 先崎はかまわず△15同香▲同飛△11香と打つ。
   
 
  
 この局面、やはり意味不明である。
 
 ▲14歩と打てば、なんということもない。△同香▲同飛にもう一回打つべき香車が駒台にないのだから。
 
 実際、森内も首をひねっていたらしいが、ここは先崎の読みが先を行っていた。
 
 そう、無いはずの香車がひそかに落ちているではないか。

 
 
 
 

 △14同香▲同飛△97角成▲同桂△12香
 
 反対側のに、欲しかった香車が転がっていた。
 
 これで見事に飛車が死んでいるうえに、桂馬も上ずらせて△96歩がきびしい。

 また端をかわして味のよさそうだった▲79玉もとがめている感じで、こうなると▲68も、いかにも立ち遅れているではないか。

 先崎によると、ここで森内の顔が真っ赤になったそう。

 ただ、早くも一本取ったように見えて、これが存外にそうでもなかった。
 
 入ったかに見えたパンチは、かすかにではあるが急所をはずしていた。
 それは先崎の手が悪かったのではなく、ここからの森内の指しまわしが見事だったからだ。
 
  
 
 ▲12同飛成△同玉▲96香
 
 飛車を切り飛ばすのは当然として、その▲96に設置するのがしぶとい手だった。
 
 「敵の打ちたいところに打て」の格言通り△96歩を防ぎながら、飛車の活用も押さえている。
 
 これでまだ悪いと気づいた先崎は、△19飛▲88玉△58歩と「まむしのと金」でせまるが、そこで▲84香B面攻撃がまた好着想。 
 
 
 
 と金を作られるが、それ以上の手はないと見越しての手渡し。
 
 飛車を取られる手は見落としても、そこからリカバリーできる精神力が森内俊之であるなあ。
 
 以下、▲81香成から、後手の攻め駒を責めて行く。
  

 
 ますます苦しげな先崎だが反撃にむけ、と金を作ってもすり寄せ、プレッシャーをかけていく。
 
 後手の主張点は▲79が働いていないことと、玉の左側に空間が開いていることだが、ここからが森内流「鋼鉄の受け」の出番だ。
 
 


 
 ▲99香としっかり埋めるのが、なんとも落ち着いた手。
 
 後手の期待である△98歩から△99歩成を消しながら、もうひとつの切り札、△45銀▲同歩△84桂にも、▲85桂と跳ねるのがピッタリ。
 

 
 手堅い指し方で後手の喰いつきを封じながら、その間に▲73角から▲51角成と侵入して行く。

 これが後手玉にせまりながら、△84桂の急所の反撃も消す攻防兼備の指しまわし。
  
 
  
 このあたりは、本当に森内の持ち味がよく出ており、手段に窮した先崎は△52飛とぶつける勝負手でせまる。
 
 ▲同馬△同金とむりくりを入手して、△78竜▲同玉△69角▲88玉△78金の寄せをねらうが、▲89銀と埋めるのが世に言う「冷たい手」。
 
  


 大山康晴十五世名人の「受けつぶし」。

 丸山忠久九段の「激辛流」。

 永瀬拓矢九段の「負けない将棋」。
 
 呼び方は数あれど、要するに将棋の「かしこい勝ち方」とはこういう手を言うのだ。
 
 これにをへし折られた先崎だが投げるわけにはいかず、そこからも懸命に喰いつくも最後は一転、森内の「光速の寄せ」が出て引き離された。
 
 この結果、森内が1敗をキープ。
 
 最終戦でまたも難敵の丸山忠久四段を破ってC1へ昇級を果たす。

 


 
 先崎は結局、合計で8年C2に足止めされ地獄の日々を味わうことになる。
 
 若いころよく先崎は
 
 
 「生涯で一番悔しかった将棋はこの一局」
 
 
 と言っていたが、はいずるようにしてこのクラスを脱出した年に、森内は名人への挑戦を決めたのだから、その忸怩たる気持ちは痛いほど伝わってくるのだった。

 

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横歩取り▲36飛車 佐藤康光vs中川大輔 奨励会三段時代の「四段昇段」をかけた一番

 前回に続いて、横歩取りの話。

 オーソドックスな△84飛△52玉型に、△33桂型、相横歩取りに「中座飛車」。

 超急戦の「青野流」や「勇気流」など横歩取りには様々なバリエーションがある

 少し前回のおさらいをすると、初手から▲76歩△34歩▲26歩△84歩▲25歩△85歩▲78金△32金▲24歩△同歩▲同飛

 ここで△86歩とすれば、▲同歩△同飛▲34飛で現代風の横歩取りになる。

 

 これが昭和のころは、ここで△86歩と交換せずに、単に△23歩と受ける手もあった。
 
 そこで▲34飛と取ると、この局面。 

 
 ここで従来は△88角成▲同銀△25角とするのが定跡。

 

 

 飛車取り△47角成が同時には受からず、これにて後手優勢。

 ゆえに先手は横歩を取れず、「横歩三年の患い」という言葉も出たほどだが、これに対して木村義雄十四世名人▲32飛成と切って、△同銀銀▲38銀で先手がやれると主張。 

 

 

 これが、なかなか手強く後手が勝ちにくい形に。

 しかも後に別の対策も出てきて、それが△25角に▲36飛


 

 これで飛車取りと、角成を同時に受ける。  
 
 △同角▲同歩△27飛と打っては作られるが、▲38銀△25飛成▲27角で先手も戦えるというのだ。
 

 

 パッと見、意味がわからなかったが、この将棋はまだ五段時代の羽生善治が、バリバリのタイトルホルダーだった谷川浩司NHK杯で粉砕。

 

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 この手も成立するとなると、後手は△23歩から横歩を取らせたとき、先手に有力手2つの選択肢を与えてしまうことになり、しかも自分はどちらもに対策がないと指せないことになる。

 これにより、△23歩はますます指すのがきびしくなり、いつしか消えていくことになったが、少年時代の私は特に策もなく(そう見える)飛車を取らせる▲36飛に「すげー」と、おどろいたのなんの。
 
 ただこれは「羽生新手」というわけではなく、実はもっと前から存在していたというのを知ったときは、これまた「へー」であった。
 
 ▲36飛を考え出したのは、佐藤康光九段森内俊之九段だそうで、なんと奨励会のころに指していたとか。
 
 その証拠に、佐藤の有名な棋譜として、この▲36飛はよく出てくる。
  


 相手は中川大輔八段だが、対局者を見ると「佐藤三段」と「中川三段」。
 
 奨励会の対局。しかもこれが勝てば佐藤四段に上がるというプロ入りをかけた大一番だったのだ。
 

 将棋の世界で「大一番」とは、名人戦の最終局でもなければ、順位戦の昇降級をかけた戦いでもない。

 

 「勝てば四段」という将棋以外、他にないのだ。


 そんな「人生最大」ともいえる将棋にこれを持ってきたのだから、この新手がいかに信用されていたかわかろうというもの。

 その後、両者ともしっかりと組み上げると、こうなった。

 

   
 こうして見ると、やはり先手は2枚角金銀の厚みで、後手のを働かせないようにしながら、スクラムを押しあげているのがわかる。

 こうして「厚みで勝つ」というのが「玄人好み」の展開なのだろうか。


 以下、△21竜▲74歩で、先手絶好調
  
 力強さが売りの中川も、こんな平べったい陣形では持ち味が出せない。

 そもそも先手のようなを前にくり出す将棋こそ中川流のはずなのだが、完全にお株をうばわれている。
  
 進んで、この局面。

 


 
 中川が△46角△57角成をねらって打ったが、次の手が決め手であろう。
 
 
 
   
 ▲87飛△57への突撃を防ぎながら、▲83歩成を見たピッタリの飛車打ち。
 
 そのまま押し切って、佐藤康光が羽生を追いかけるようにプロ入りを決める。
 
 ちなみに佐藤は二段時代に8連勝三段に昇段すると、そこから13勝1敗で四段になった(当時はまだ三段リーグはなかった)。
 
 17歳のころで、そこを21勝1敗という成績で駆け抜けたのだから、その実力はとっくにプロ、いやタイトルホルダーに匹敵するレベルだったのである。
 

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ゴールデンボーイ 羽生善治vs谷川浩司 1987年 NHK杯戦

 前回に続いて、横歩取りの話。

 オーソドックスな△84飛△52玉型に、△33桂型、相横歩取りに「中座飛車」。

 超急戦の「青野流」や「勇気流」など横歩取りには様々なバリエーションがあるが、

昭和にはこんな手順も存在した。

 

 

 ▲24歩△同歩▲同飛に、△86歩として、▲同歩△同飛▲34飛なら、よくあるオーソドックスな形だが、飛車先を交換する代わりに△23歩と打つ手も存在した。

 以下、▲34飛に、△88角成▲同銀△25角

 

 

 飛車取り△47角成が受からず、一見これで「オワ」のようだが、ここから▲32飛成△同銀▲38銀

 

 

 駒損でも玉形の差や後手の歩切れを中途半端に手放すことにもなって先手が指せるでしょ。

 というのが、昭和初期の大レジェンド木村義雄十四世名人の主張であった。

 

 

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 これ以降、やはり後手が少し無理をしていそうということで、平成ごろからはまったくと言っていいほど指されなくなった。

 そこで前回は、まだこの定跡が現役だったころ、20歳羽生善治九段が指していた将棋を紹介した。

 

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 初タイトル竜王を取ったばかりの羽生が、順位戦で中堅棋士に苦杯を喫するという衝撃の内容だったが、羽生にはもうひとつ、横歩取りの有名な将棋がある。

 

 

 1987年NHK杯戦
 
 谷川浩司王位羽生善治五段の一戦。
 
 まだデビューして間もないにもかかわらず、ものすごい勢いで勝ちまくっている羽生少年と、現役タイトルホルダーの対決。
 
 しかもこれがテレビトーナメントの大舞台となれば、盛り上がらないわけがない。
 
 大注目の決戦は後手番谷川が、横歩を取らせる形に誘導。

 ▲24歩△同歩▲同飛△23歩と打って、おなじみのこの局面。

 
 

 
 ここで▲32飛成△同銀▲38銀と進めれば、いつもの光景だが、ここでまた別の手が現れ、横歩取りの世界に新風が吹くことになる。

 といっても、基本的には△25角飛車取り角成を同時に受ける手はないはずなのだが、次の手がテレビの前でビックラこいた応手だった。
 
 


  
 ▲36飛と引くのが「ほげえ!」と叫びたくなる手。
 
 いや、たしかに飛車取りと角成を同時に受けてるけど、飛車取られるじゃん!

 こんな序盤で飛車角交換とか大丈夫なの?
 
 心配になるところで、後手は当然△36同角と取り、▲同歩△27飛と打つ。
 
 ▲38銀の受けに、△25飛成と成ったところで▲77銀と、1回飛車先を受ける。

 △25飛成では△28飛成としたいが、それには▲55角がある。

 

 

 △25飛成▲77銀△36竜を取るのも▲18角で返し技。

 

 

 しょうがなく、後手も△62銀と自陣の整備をして△63の地点を守る。

 そこで先手も、▲36を守って▲27角
 
 
 


 
 この局面をどう見るでしょう。
 
 パッと見、無条件でを作って、先手に生角も打たせた後手優勢に見える。

 ところが、これが意外と、なかなかそうでもない、というのだからおどろきだ。
 
 後手からすると歩切れだし、△82飛車が働いていないのが元気が出ないところ。
 
 一方の先手は▲27と持駒にある2枚目が、見た目以上に使いやすい駒であり、あとは自然に駒組をしていくと、こちらのほうが形が良くなる仕組み。
 
 は強力だが、自陣に入られず中段をさまよっている限りは、さほど怖くない。
 
 あとは金銀を盛り上げて接近戦に持ちこめば、のレーザービームとのコンビネーションで、むしろ目標として責めていけるくらいのものなのだ。
 
 その通り、羽生はカナ駒のスクラムをグイグイ進めていき、角も好機にさばいて盤面を制圧。

 
 

 
 飛車を完全に封じ、羽生の見事な構想力が光っている。

 谷川もワザを駆使し、なんとかディフェンスラインに穴を開けようとするが、という駒は接近戦に向いていないため、どうしても突破口が開けない。

 

 

 さっきの局面から20手ほど進んでいるが、状況がほとんど変わってないのがおわかりであろう。

 それほどに金銀相性が悪すぎるのだ。
  

 
 苦しい谷川は、なんとか手を作ろうとを繰り出して行くが、次の手が決め手となった。

 ▲33同桂成でもよさそうだが、△同桂角当たりになるのが気になるところ。

 羽生はスマートに決めた。
 
 


 ▲68角と、ここで2枚目の角を発射するのが強烈。
 
 銀を逃げる場所がなく、△37銀不成などは死んでも指せないから△24銀からもがくが、シンプルに▲33歩から攻めて行く。

 

 △同桂▲同桂成△同金▲63歩と行き掛けの駄賃にこっちも利かして、△71竜▲45桂で寄り。

 


 序盤でワザとを作らせて、それをあとから目標にして押さえこんでいくという戦略が、当時の私には思いもつかないもので、
 
 
 「▲36飛って、すごい手があるもんやなー」
 
 
 なんて感動したものだった。

 

 

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「天才少年」の頭ハネ 羽生善治vs前田祐司 1990年 B級2組順位戦 その2

 前回の続き。

 

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 1990年の第49期B級2組順位戦、その開幕局。

 羽生善治竜王前田祐司七段の一戦は横歩取り「△23歩」型に。

 

 

 そこから、見たこともない力将棋となったが、やや先手の羽生指せるのではとの評判。

 しばらく進んで、この局面。

  

 


 図は前田が8筋を継ぎ歩でこじ開け、△94銀と打ったところ。

 陣形と厚みに差があり、押さえ込まれないよう後手も必死だが、この一見筋悪の手に対処を誤ってしまう。

 ここでは金銀のスクラムをキープすべく、▲65歩と打てば良かった。

 

 

 △85銀には▲86歩△同銀▲87歩と強く呼びこんで戦えば、金銀の枚数が多い先手のリードはキープできたのだ。

 

 

 そこを▲76金上と素直に応じたものだから、△85銀と形の悪かった銀をさばかせてしまった。

 ▲同金△同飛▲87歩△82飛▲76銀

 

 

 こうして局面をサッパリさせた後、▲76銀と厚みを再構築して問題なさそうだが、次の手が思いのほか厳しかった。

 

 

 

 

 △65歩で今度は後手に形勢が傾いた。

 金銀どちらでも取れるが、どちらで取っても、まずい形に。

 ▲同銀△86歩から十字飛車をねらわれる。

 

 

 かといって▲65同金も、△94角と味良く飛び出して、▲77金くらいしかないが、△73桂から駒をバリバリ活用されて押し戻される。

 

 

 これは2枚急所に利いてきて、先手が受け切るのは困難だ。

 やむを得ず△65歩に▲67金と辛抱するが、これでは売りだった金銀の防衛線が威力半減。

 △94角▲77金上△66金で喰いつかれている。

 


 今度は一転、攻めが続きそうで有利なった感のある後手だが、もちろんここで気などゆるめられない。

 なんといっても、相手は「天才羽生善治

 この男はこういう局面から、根性と曲線的なねばりで、華麗な逆転術を見せるのを得意中の得意としてるのだ。


 



 まだまだ油断はできないぞという、この局面がポイントとなった。

 形勢は後手がやや押しているが、先手陣は5枚金銀までいて、まだ一撃ではくずれない。

 ここで予想されていたのが、▲96歩とジッと端歩を突く手。

 

 

 このいそがしそうな局面で、まるで1手パスのような優雅な手だが、こうやって


 「やってこい」


 とやられると、意外と後手もあせらされるところ。もちろん、フトコロを広げているという直接的な効果もある。

 ましてや羽生は、こういうパスのような手で相手の悪手を誘う「大山流」の手渡しをお家芸としており、いかにも指しそうなところだったが、選んだのは▲45歩

 これは早く攻めたいと、逆に羽生があせった凡手で、なにより前田を「ありがたい!」と安心させてしまった。

 不利な局面では、善悪もさることながら、いかに「相手の嫌がる手」を指すかが、人と人の勝負でのキモなのであるから。

 精神的な危機を乗り越えた前田は、勇躍△26金

 

 

 これが好手で、先手玉は処置なしになっている。

 ▲48竜と受けるが、△86歩と急所に手をつけ、▲64歩△同飛▲68金△62飛▲86金△66歩▲65歩

 指せば指すほど、先手の陣形がバラバラになって行く。

 そこで△37金と取って、▲同竜△84桂でいよいよ受けがなくなった。

 


 ▲77金打△76桂▲同金寄△67銀とパワーボムの直撃を食らって、ついに羽生はダウン。

 

 

 昇級候補の大本命が初戦に敗れるという波乱。

 それどころか、羽生は2戦目にも57歳のベテラン吉田利勝七段に敗れ、その後8連勝するも8勝2敗。

 またも頭ハネを喰らい、1期抜けの野望は打ち砕かれたのであった。
  

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横歩取り「木村義雄流」の激戦 羽生善治vs前田祐司 1990年 B級2組順位戦

 前回に続いて、横歩取りの話。

 オーソドックスな△84飛△52玉型に、△33桂型、相横歩取りに「中座飛車」。

 超急戦の「青野流」や「勇気流」など横歩取りには様々なバリエーションがあるが、昭和には▲24歩△同歩▲同飛△23歩と打つ手も存在した。

 

 

 以下、▲34飛に△88角成▲同銀△25角

 

 

 これで「オワ」のようだが、▲32飛成△同銀▲38銀で、駒損でも玉形や後手の歩切れを中途半端に手放すことにもなって先手が指せる。

 


 というのが、昭和初期の大レジェンド木村義雄十四世名人の主張であった。

 これ以降、やはり後手が少し無理をしていそうということで、平成ごろからはまったくと言っていいほど指されなくなったが、この形で有名な将棋がいくつかある。

 

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 ということで、前回は米長邦雄中原誠を打ち破り、「六段時代の代表作」と自賛する横歩取り△23歩型の将棋を見ていただいたが、今回も熱戦をどうぞ。

 

 

 
 1990年B級2組順位戦の開幕戦。

 羽生善治竜王前田祐司七段の一戦。

 当時、まだ20歳だった羽生は、半年前に初タイトル竜王を獲得。

 「羽生時代」のスタートに、まずデカい花火をあげたが、次に期待されるのは二冠目のタイトルと、「名人」につながる順位戦の昇級だ。

 羽生は奨励会時代から「名人候補」と謳われてきたが、順位戦では意外と手間取っていた。

 C級2組とC級1組では、どちらも8勝2敗の好成績をおさめながらも、順位が悪く昇級を逃し1期ずつ足踏み。

 しかもC1時代1期目は土佐浩司五段泉正樹五段浦野真彦五段(この期、羽生の頭をハネて昇級)、村山聖五段といった強力な競争相手を蹴散らしながらも、佐藤義則七段剱持松二七段というベテランに敗れて次点に終わった。

 

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 AIどころかネットすらない時代の将棋では、情報が少ないため若手棋士が「完成度」をあげるのに現代将棋より時間がかかり、こういうまさかという番狂わせが、今よりも起きやすい環境だったのだろう。

 まさかの停滞だったが、翌年はその憂さを晴らすかのごとく、やはり室岡克彦、村山聖、土佐浩司、日浦市郎佐藤康光、泉正樹、森下卓という昇級候補だらけのキツイ当たりを10戦全勝でぶち抜いて、格の違いを見せつける。

 さすがの回復力で、次のB2で期待されるのは今度こその1期抜けである。

 その初戦で当たったのが、前田祐司七段。

 前田はB級1組まで上がり、NHK杯でも優勝したことのある実力派だが、このころはB2に降級したりと下り坂。

 まあ、勢いからして羽生だろうと見られていたが、これが波乱の内容となった。

 後手の前田が、△23歩で横歩を取らせて力将棋に突入。

 

 

 図の▲34金がきびしい攻め。

 ▲23の地点が受からないから、前田は△同角と取って、▲同角△33銀ときわどく受ける。

 

 

 △43金と打つのが普通のところ、を手持ちにして反撃のチャンスを待とうということだが、かなり思い切った手だ。

 なんたって、そこで▲43角打が激痛打に見えるから。

 

 

 王手金取りで後手がつぶれているように見えるが、△42玉▲61角成△34銀と取って、△31飛車が良く利いてギリギリ耐えている。

 


 いや、それどころか先手はの行き場所がなく、▲52金△同飛で切れ筋だし困ったかに見えたが、ここから羽生も魅せる。

 

 

 

 

 ▲51金と打つのが、負けじと綱渡りの攻め。

 ▲71馬を見せながら、それを△72銀のように受ければ、今度は▲52馬から△31飛車を目標に右辺へ押しつぶそうと。

 前田は△同飛と払い、▲同馬△同玉▲31飛△41金▲34飛成△92角▲23竜△31金▲27竜△74角打と華々しいドッグファイトを展開。

 

 

 形勢は微差ながら、が手厚く、相手に2枚角を吐き出させたことから、やや先手有利と評判。

 ただ、ここから前田が力を出し、羽生がそれに幻惑されることになるのだから、勝負の流れというのはわからないものだ。 

 

 (続く)

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横歩取り「△23歩型」 米長邦雄vs中原誠 1968年 王将戦

 前回に続いて、横歩取りの話。

 オーソドックスな△84飛△52玉型に、△33桂型、相横歩取りに「中座飛車」。

 超急戦の「青野流」や「勇気流」など横歩取りには様々なバリエーションがあるが、昭和にはこんな手順も存在した。

 

 

 ▲24歩△同歩▲同飛に、△86歩として、▲同歩△同飛▲34飛なら、よくあるオーソドックスな形だが、飛車先を交換する代わりに△23歩と打つ手も存在した。

 以下、▲34飛に△88角成▲同銀△25角

 

 

 飛車取り△47角成が受からず、一見これで「オワ」のようだが、ここから▲32飛成△同銀▲38銀

 

 

 駒損でも玉形の差や後手の歩切れを中途半端に手放すことにもなって先手指せるでしょ。

 というのが、昭和初期の大レジェンド木村義雄十四世名人の主張であった。

 

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 これ以降、やはり後手が少し無理をしていそうということで、平成ごろからはまったくと言っていいほど指されなくなったが、この形で有名な将棋がいくつかある。

 

 1968年王将戦

 米長邦雄六段中原誠六段の一戦。

 後の大棋士が若手時代にぶつかった将棋は、横歩取りから△25角▲32飛成△同銀▲38銀

 △33銀▲68玉に△42玉が米長の新手

 

 

 形のまとめにくい後手陣だが、自らの守備力でそれをカバーしようということか。


 以下、じっくりと囲いあう展開になる。

 

 

 後手はバランスよくかまえてはいるが、が1枚なく、3筋もないので、どれだけ耐久力があるかは微妙。

 一方で先手も、矢倉に組んではいるが、飛車の打ちこみに警戒しないといけないこともあり、神経を使う展開だ。

 ここから中原は▲24歩と打って、△同歩▲23角からこじ開けていく。

 少し進んで、この局面。

 

 

 先手はねらい通りを作ったが、攻撃力がとぼしいのが懸念材料。

 後手の方も、手持ちの飛車がまだ使えず、やはり手の作り方がむずかしそうだが、ここから米長がゆさぶりをかける。

 

 


 △95歩▲同歩△96歩が、いやらしい手。

 ▲同香△86歩で、△41が香取りになる。

 この歩を取れない先手は▲27馬△82飛▲47銀と盛り上がっていく。

 △32玉▲75歩として、後手のの活用を防いだところで△22玉が、米長曰く「図々しい手」。

 

 

 を整備しながら、△23角と活用範囲も増やしているわけだが、金銀の連結がやや頼りなくなる。

 「やってこい」と言われれば乗りたくなるのは勢いで、▲16馬と、こっちからもゆさぶりをかけ、▲55歩をねらう。

 そこで△86歩と1回突き捨て、▲同銀△14歩が後手のねらいだった。

 

 

 思わぬ「地獄突き」だが、 ▲同歩△同角銀取りで、▲25歩と受けたところで、△41角と再度引く。

 ▲14歩と馬取りを受けたところで、△85歩▲77銀△97歩成▲同香△14香

 

 

 これで一歩を入手し、▲15歩に△96歩(!)、▲同香△86歩

 

 

 ▲同歩△96角と、パズルのような手順で、ついに端の香車を取ってしまった。

 しかも、が好位置に飛び出して、先手玉も迫られている。

 だが、後手玉も端と玉頭にアヤがついて相当に気持ち悪く、▲14歩を取られて危険がせまる。

 

 

 

 後手は、ふつうなら△32にいるはずのがなく、も破られている。

 すぐに寄せられるわけではないが、駒を渡すとその反動で一気に倒されるかもしれない。

 攻めるか受けるかむずかしそうだが、53分の考慮の後に指された次の手が米長自身、


 「六段時代の私の代表作」


 と胸を張るすばらしい一撃だった。

 

 


 △98飛と打って後手勝ち

 ▲同玉△78角成と取る。

 後手玉はまだ詰まないから、▲88金と受ける。

 △96香の追撃に▲97香と受けて、△同香成▲同桂

 これで後手の攻めが止まっているようだが、そこでジッと△79馬が米長自慢の構想だった。

 


 この手のなにがすごいかといえば、この手自体が詰めろでもなんでもない

 もう1手、△95香と走っても、まだ詰めろでなく、さらにもう1手△96歩と打って、はじめて一手スキになるのだ。

 つまり、先手玉はここで「三手スキ」ということになる。

 その間、先手は完全に好きなように後手玉に襲いかかれる。

 穴熊将棋のようというか、△95香△96歩までの間に後手玉を仕留めてしまえば勝ちが決まり、後手はそれを避けることができないのだ!

 ふつうなら、そんな局面は先手が勝つはずである。

 自玉を詰みのない形にして、一気のラッシュをかけるというのは終盤戦の必勝パターンなのだから。

 そこに自ら飛びこんでいったというのが、この将棋のすごいところ。

 米長からすれば、後手玉に寄りはないことは読み切ってるんだから、三手スキでも怖くないということなのだが、いやいやムチャ怖いよ!

 だが、現実に後手玉には早い寄せがない。
 
 中原は▲24歩と取りこみ、△95香▲71飛

 △96歩必至がかかったところで▲23歩成△同玉▲21飛成と詰ましにかかるが、△22銀と引くのが正確な受けで詰みはない。

 

 

 どこかで米長が、この将棋の△98飛以下について、しらみつぶしに解説していた記事があったが、膨大な手順が延々と続き目が回ったものだ。

 それを全クリという、おそるべき正確な読みで、若手棋士の「盤上でのスタミナ」のようなものが感じられる、すさまじい将棋だった。

 

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「横歩三年の患い」 木村義雄十四世名人と「横歩取り△23歩・▲32飛成」型定跡

 「タテ歩取り」とくれば、次は「横歩取り」の話をせねばなるまい。

 前回まで、少年時代の藤井猛九段が、


 「長谷部久雄九段のひねり飛車にあこがれていた」


 と語っていたことから、「20歳竜王」としてブイブイ言わしていた羽生善治を破ったこともある「長谷部流ひねり飛車」を紹介してみた。

 

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 その流れで、今回は横歩取り。

 横歩といえば、オーソドックスに△84飛△52玉の組み合わせが、まず思い浮かぶ。

 

 

 また、青野照市九段の「青野流」や、佐々木勇気八段による「勇気流」の激しいたたき合いも有力な戦いだ。

 

 

 私のような平成将棋の世代だと「中座飛車」こと「△85飛車戦法」。

 

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 とか変遷があるわけだが、もう少しさかのぼると、また別の形がメジャーだったりもする。

 それが△23歩型で、具体的には初手から▲76歩△34歩▲26歩△84歩▲25歩△85歩▲78金△32金▲24歩△同歩▲同飛

 

 

 ここで後手も△86歩と交換すれば、▲同歩△同飛▲34飛でオーソドックスな横歩取り。

 ▲34飛に△33角ならよくある形で、かなり少数派ながら▲34飛に△33桂という選択肢も。

 

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 あるいは△88角成▲同銀△76飛の「相横歩取り」もあるところだ。

 

 

 そんな様々なバリエーションを持つ横歩取りだが、昭和のころはここで△86歩でなく△23歩と打つのもメジャーだった。

 そこで▲34飛なら、△88角成▲同銀△25角

 


 いにしえの時代は、これで後手有利とされ、


 「横歩三年の患い」


 という言葉も生まれるなど、「△23歩に横歩は取れない」という時代があったのだ。

 これに挑んだのが、偉大なる木村義雄十四世名人

 △25角▲32飛成(!)と切って飛ばし、△同銀▲38銀

 


 飛車金交換駒損だが、後手は歩切れだし、筋違いの生角を打たせ、自陣に飛車の打ちこむスキもないので、これでやれるはずと。

 木村新手というわけではないが、これで「先手が指せる」という、明確な主張をもって指したのが新しかったのだ。

 定跡書によると具体的には、▲38銀△33銀と形を整えると、そこで▲16歩と突くのが機敏な手。

 

 


 次に▲35金を殺すねらいだが、後手からすると、かなりやっかいな手になる。

 △44銀には▲56角と打つ。

 

 

 ▲23角成を受けて△22飛などとすると、▲26歩が死ぬ。

 ▲16歩に△34角の先逃げも、▲35金でやはり角が詰む。

 △44歩と退路を開いても、今度は▲65角がいかにも味の良いレーザービーム。

 

 

 受けるには△31飛しかないが、▲36歩△42玉▲37桂から駒を前進させ、2筋が立つことも大きく、先手の攻めが続くのだ。

 

 

 定跡の変遷は紆余曲折あるようなのだが、先手側には▲32飛成以外有力手も出現したりして、「先手が指せる」という結論になった。

 これにより△23歩型は、今では、まったくといっていいほど指されなくなったのだ。

 

 (続く)

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