「将棋の強い人」とはズバリ、「終盤が強い人」である。
序盤、中盤、終盤、それぞれに大事なのが将棋だが、中でもやはり威力を発揮するのが終盤力。
特に詰む詰まないとか、必至がかかるかどうかというスピード勝負に長けている人と戦うと、読んでない筋が次々飛んできて、文字通り「あ」とい間もなく寄せられたりするから、もうお手上げである。
1987年の第45期A級順位戦。
相矢倉から後手の谷川が急戦志向を見せると、そこから激しい戦いに突入し、むかえた最終盤。
△97歩の王手に、有吉が▲同玉と応じたところ。
現状、先手玉に詰みはなく、後手玉には▲33桂不成からの詰めろがかかっていて、受けても一手一手に見える。
相当にレベルの高い返し技がないと、このまま先手勝ちが決まるが、谷川浩司は見事、この難問に「模範解答」を提示するのだ。
△75角と打つのが、目を疑う手。
よく駒の動かし方をおぼえたばかりの人が、
「角で王手角取り」
をかけて、よろこんでいたら、そのままタダで取られて「ありゃ?」なんてことはあるけど、まさにそんな形。
▲同角と取られて、なにやってんだという話だが、もちろん、これはウッカリでもなんでもなく、そこで△83桂と打って、なんとこれで後手が勝ちになっている。
最初の局面で、先手のカナメ駒は▲57の角なので、そこで「王手角」を打って、その利きをはずしてしまう。
これで、▲33桂不成、△22玉、▲21金、△12玉に▲13香と追っても、△同玉と取れるようになっている仕掛けなのだ。
一方、先手玉には△96歩、▲同玉、△95歩、▲97玉、△96銀から、△83の桂馬を土台に押していけば詰むという、一手スキになっていて、▲57角と戻るヒマがない。
また、▲77金とと金を払ってねばっても、△96歩、▲同玉、△95歩、▲97玉に△75桂と角を取る。
これがやはり△96銀と△79角の詰めろが両狙いで受からないのだ。
つまり、この△75角、▲同角、△83桂というのは三手一組の
「詰めろのがれの詰めろ」
になっており、最終盤でこんなスゴイ手が飛んできたら座布団から飛び上がりたくなりまっせ!
以下、有吉は▲57角打と、▲75の角を残して▲86の地点を守りながらの詰めろをかけるが、残念ながらこれは自玉の一手スキを解除できていない。
やはり、△96歩、▲同玉、△95歩、▲97玉、△96銀と追ってから、△87でバラして△75桂と角を取るのがピッタリで先手玉は詰み。
▲同角に△86銀から押していけばいい。
これぞ「光速の寄せ」という手順で、シビれるようなカッコよさ。
こんな手で勝てたら、さぞや気持ちいいだろうなあ。